今はフリーランスの私だけど、以前はお勤め仕事をしていたころがある。当時驚いたのは、同僚の体力だ。私は、お金よりも休みが欲しかった。隙あらば帰ろうとしたし、有給休暇は計画的に消化していた。しかし、同僚の多くが「稼ぎたい」という理由で、残業・休日出勤に勤しんでいる。困ったことに、稼ぎたい人が残業するためにわざとおしゃべりをして仕事をしないため、私まで残業の巻き添えを食らう。執務室は、常にうるさい。自分に合う職場を求めて、転職を繰り返した。もはや覚えていないほどの数の会社に入社したけれど、どこも似たり寄ったりだった。
日本の非効率な働き方に対して、フィンランドの働き方は合理的なのだそうだ。とても興味深い。どんな働き方をしているのか、フィンランドの実情が分かる本を紹介したい。
『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』
堀内都喜子
ポプラ社
2020年1月8日第一刷発行
経営者に読んでほしい
ワークライフバランス世界1位とされる「フィンランド」。こういうランキングはあまりあてにならないが、なんとなくフィンランドにいい国という印象を持っている日本人は多いと思う。
フィンランド人のワークタイムは、8:00~16:00が一般的らしい。残業はほとんどなく、16:30にはオフィスから人がいなくなる。平均労働時間は、週37.5時間だそうだ。1日に換算すると7時間半。業種には関係なく、官公庁でも医師でも中小企業でも同じ。そして、週1回以上の在宅勤務は約3割に浸透していて、フレックスタイム制も増えてきているとのことだ。
柔軟な働き方を提供できる会社は、田舎の会社であっても優秀な人材を全国から集めてくることができる。中小企業こそ、ゆとりのある働き方を実践するといいのではないだろうか?
この本を手に取った時、「フィンランド人が実践している仕事管理術」のような情報を期待したのだけれど、社会全体の価値観やフィンランドの会社員の働き方が書かれていて、個人で活用できる情報はほとんどなかった。
この本は、経営者に読んでほしい。
フィンランド流の「いいところ」と「意外なところ」
「いいな」と思ったところ
私がフィンランドの働き方で「いいな」と思ったのは、次のようなことだ。
- 執務室が静か/電話をする際は専用スペースで
- 定時で帰るのが当たり前
- 会議や商談で雑談をしない
- 直接会うことにこだわらない
- 何をするにも効率重視
- 酒を飲むコミュニケーションがない/クリスマスだけ例外
- 歓送迎会はお酒ではなくコーヒーで/しかも勤務時間内にやる
とにかく合理的。理由は、定時で帰り、自分の時間を過ごすためである。私語のない会社は、私にはとても羨ましい。日本の会社は、なぜああも私語ばかりなのだろう。フィンランド人はシャイだと聞いたことがあるけれど、そういう性格も関係があるのかもしれない。
意外なところ
羨ましく感じることがたくさん出てくる一方で、フィンランドのイメージと異なる部分も見えてきた。私が意外だと思ったのは、次のようなこと。
- ランチ休憩に決まりがなく、休憩を取らない人もいる/休憩を取っても30分程度
- レクレーションデーがある
- 在宅率は3割程度
- 「個室」が当たり前だった仕事環境の主流がフリーアドレスに変化している
- サウナで会議することがある
- ハラスメントは存在する
- ポストが安定しない
この中で特に面白いと感じたのは、昼休憩に決まりがないことだった。日本では、8時間以上の契約なら60分の休憩が法律で決まっている。しかし、フィンランドではこうした決まりがなく、自分で決める。
「食べると集中力が切れる」という理由で昼食を取らない人は日本でも少なくないけれど、同じ理由でフィンランドでは、休憩そのものを取らない人が多いようだ。しかし、その分、10~15分のコーヒー休憩を1日2回ほど取る人が多いという。休憩を分割するという発想だ。
ところで、フィンランド人はコーヒーが好きらしいのだけど、寒い地域なのにコーヒーは体に合わないのでは…と思ってしまう、余計なお世話である。
フィンランドでは、従来「個室」での仕事が当たり前という環境だったそうだ。集中して効率良く仕事をして、定時に帰るには個室がいい。これは非常にフィンランドらしい合理的な仕事環境だと思う。
しかし、最近はフリーアドレスに変化しているという。フリーアドレスというのは、固定の席を決めず、様々なタイプの席を用意しておき、社員がその日その日で好きな席を選ぶスタイルだ。個室ではない。気が向いた席で仕事をすると効率が良いというのは合理的な考え方ではあるものの、個室の方が集中できそうな気がする。
本の中ではなぜこのような流れになっているのかの説明はなかった。ただし、フリーアドレスでも、執務室での雑談はない。電話やテレビ会議は専用の部屋に移動する。静かな環境は重視されているようだ。
また、フィンランドでは、上からの命令でポストを任されるということがなく、自ら応募するという形でポストが決まるという。ポストの任期は3年。3年ごとに就職活動を繰り返すような制度だそうで、次のポストがなかなか決まらないと、大きなストレスになるようだ。筆者の言葉を借りると「どんな制度もメリットとデメリットがあるのだと感じさせられる」。
正体がつかめなかった「シス」
フィンランドの「シス」が、2017年頃からヨーロッパで注目されているのだそうだ。経営者に必要なスキルとしてビジネス誌や情報誌などに取り上げられているらしい。私は食器からフィンランドを好きになったので「フィーカ」なら分かるんだけど、「シス」は知らなかった。
この言葉の正体がつかめない。筆者も説明に苦慮しているようで、様々な言葉を使って説明している。「ガッツ」+「忍耐」といったところか。内側に灯り続ける強いモチベーションのような意味だと解釈したけれど、どうも凡庸に言えば根性論のような気もする。
フィンランドは、冬がとても厳しい気候で、日照時間も短い。この長く厳しい冬をじっと耐えるうちに自然と身につくのが「シス」のようだ。
詳しくは、本書で確認してみてほしい。
フィンランドの夏休み事情
自分の時間を大切にするフィンランドでは、夏休みを4週間取る。1年は11ヶ月だと考えて、仕事のスケジュールを立てることで、上手く回っているようだ。「夏は何も進まない」だから6月までに大事なことは決めておく、といった具合に。
関係者へは事前に長期休暇の連絡をするけれど、この連絡の際に「緊急の際は私用の携帯に連絡してね」と言う人はいない。休みは邪魔しないのが暗黙のルールになっている。
しかし、いくらフィンランドといえど、誰もが4週間の連続した休暇を好きなタイミングで取れるわけではない。中には会社全体で1ヶ月休みにするというケースもあるそうだけど、一般的には交代で休みを取得する。パワーがある人が優先されるというのはどんな社会でも同じらしく、フィンランドでも「上司が自分の都合を優先させる」「独身者や勤続年数が浅い人が後回しになる」ということは、あるらしい。
- 30歳以下の約半数が4週間連続の夏期休暇を取れていない
- 労働者全体では、約27%が4週間連続の夏期休暇を取れていない
という調査結果があるという。ちなみにフィンランドの法律では、「12勤務日以上の連続した休みを与えなければならない」となっており、4週間連続休暇は義務ではない。
こうしたところを見ると、日本より労働時間は短く、まとまった休暇でリフレッシュすることを大切にしているものの、会社という性質そのものは国による違いがないのかもしれない。
働きづめではちっとも成長しない
本書では、他にも「ウェルビーイング」という心身かつ社会的に健やかな状態を大切にする考え方やサウナの取り入れ方、休みの過ごし方といった内容が書かれている。
「日本人は、休みが苦手な人が多い」という印象がある。そんな会社しか活きる場所がない人には、ぜひフィンランドの休みの過ごし方を参考にしてほしい。
とはいえ、日本は個人のパワーがとても弱い社会だ。やはり経営者が意識を変えてほしい。
この先、労働者不足が大きな問題になっていく。人それぞれの仕事との向き合い方を認められる柔軟な会社になれば、そこに優秀な人材が集まるだろう。
日本は平成時代の30年を一生懸命に働いて、結果、劣化した。そろそろ、働きづめは効率が悪いことに気づいてほしい。