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『ときどき旅に出るカフェ』の感想

『ときどき旅に出るカフェ』の感想をお伝えします。小説を評価するとき、私は「ストーリー(話の内容)」「文章」「構成」の3つを基準にしています。本書を雑に評価するならば「文章」「構成」は最高、「ストーリー」は最低という評価です。そのため、以下の感想には、酷評が含まれています。ただし、この評価の理由は少々複雑で、単純に酷評しているわけではありません。もしこの先を読んでくださるなら、途中でやめず、最後までお読みください。

『ときどき旅に出るカフェ』
近藤史恵
双葉文庫

『ときどき旅に出るカフェ』ってどんな本?

タイトルが「カフェ」となっているので、カフェ店員が主人公のカフェの話だと思うのではないでしょうか? しかし、視点は会社員である瑛子です。タイトル詐欺感が否めないまま進んでいきます。テイストはライト。サクサク読めます。

帯には「コージーミステリ」と書かれていますが、これは完全に間違いです。たしかに6話までは短編のコージーミステリ風ですが、ミステリを期待してはいけません。

瑛子は30代独身の会社員です。そして、瑛子の行きつけ「カフェ・ルーズ」の店主が円。この2人が主要人物です。

1話ごとにゲスト的な登場人物がいて、そのゲストの悩みの本質らしきものがカフェ・ルーズで紐解かれます。

カフェで提供されているメニューにひっかけて種明かしするようなタイプのストーリーで、ミステリ作家のプライドを少し感じさせますが、爽快感を得られるほどのひねりはありません。オチは最初から読めているのです。ミステリというには無理があります。

本書は、ミステリを期待すると「読んで損した」という気持ちになるでしょう。ではなぜわざわざこのブログに感想を書いているのかというと、それを補う良さがあるからです。その理由を説明します。

『ときどき旅に出るカフェ』の読みどころ

私は時間の無駄だと感じる本だったら早々に読むのをやめます。他に読みたい本はたくさんありますから。しかし、『ときどき旅に出るカフェ』は、最後まで読みました。なんなら読み返したりしています。本書の読みどころは、ストーリーではなく、カフェメニュー、文章、そして構成です。

読みどころその①カフェメニュー

ストーリーを楽しむ小説ではないのであれば、何を楽しめばいいのか? そのひとつは、カフェメニューです。苺のスープやツップフクーヘン、アルムドゥドラー、ドボシュトルタなど、文字だけでは何だか分からない飲み物やスイーツなどがたくさん登場します。

それぞれの食べ物がとても丁寧に描かれているのが読みどころ。食感や味はもちろん、歴史などの背景まで書かれていて、旅行に行った気持ちになりました。

「カフェ系小説」というジャンルは、その店で提供されている食べ物を楽しむという読み方が正解だと思います。(この小説をカフェ系小説にカテゴライズするのも無理がある気はするのですが…。)

読みどころその②端麗な文章

面白くないストーリーが展開されているのに、なぜ最後まで読んでしまったかというと、「文章力」の一言に尽きます。私好みの文章なんですね。こねくりまわした表現がない素直な文章が好きなんです。作家のドヤ顔が見える文学的表現には辟易してしまいます。ドヤ顔が見える時点で下手だ…。

本書の文章は、とても端麗です。悪く言えば個性がありません。個性がないというのは、文章のクセがないということ。本来、誰でも文章にはクセがあります。クセがない文章を書くのは、とても難しいです。

文字で言うと、「達筆」と評される文字があります。クセが強い文字を好む人も少なくありません。クセの性質が、下手か上手かを分けるポイントです。一方で、ペン習字のお手本のようなクセのない文字もあります。

一見「ふつう」と評されそうなクセがない文章を見ると、私はものすごくテンションが上がります。「ふつう」が、いちばん難しいんですよ。

読みどころその③構成

小説は特に構成が重要だと思っています。それはおそらく作家も同じ。だから、奇をてらったりもったいぶったりした構成を作る作家も中にはいます。こういう自己満作家の本を買ってしまうと「なんで作家の自己満足のために私がお金を払わなきゃならんのか…」と損した気持ちになってしまうんですよね。

その点、本書の構成は美しい。作家の主張を感じさせないシンプルな構成は、とても好印象です。

ショートストーリー集に見えますが、前から順番に読んでください。そういう点も含めて、無駄がない良構成だと感じました。

1話ごとのストーリーは陳腐だけどそれこそがミスリード

本書を読む前に覚悟してほしいこと。それは、話の内容がくだらないということです。ストーリーで説明すると、こんな感じになります。

  • 会社の同僚の婚約者の問題
  • 取引先の社員同士の不倫
  • 会社の土産トラブル
  • 友達の夫の不倫疑惑

こんな感じの話が、当事者目線ではなく、傍観者目線で語られていく。ね、読む気にならないでしょ? でも、これで挫折してはいけないのです。

ストーリーが陳腐な理由

ありがちな小ネタなだけに、当事者目線であれば感情移入できると思います。しかし、傍観者目線というのが気色悪い。しかも、その傍観者の職業は、会社員です。探偵なら気にならないけど、会社員が他人のトラブルをジトーっと見てるのがもう…。

さらに、トラブルの本質に気づいたカフェ店主の円が瑛子に小声でそれを話しちゃう。二人とも、表面的には思いやりのあるいい人のように描かれているのですが、他人の下世話なうわさが大好きな人にしか見えません。

ストーリーを端的にまとめるなら、「他人の観察で暇つぶししている瑛子のエッセイ」です。小説にすると気持ち悪いですが、現実にはこういう人がたくさんいるな…とは思います。

しかし、この気持ち悪さは、作家が意図したものだということに、最後まで読むと気づくのです。

6話まで、このような陳腐なストーリーが続いていきます。1話ごとにオチはあるのですが、くだらないです。繰り返しますが、本書は6話までで挫折してはいけません。

7話で評価がひっくり返る

ここまで主役2人が気持ち悪い、ストーリーが陳腐だと酷評しましたが、文章の美しさでついつい7話まで突入。ここで評価がひっくり返ります。

瑛子という人間のくだらなさがこれでもかというくらい描かれていた1~6話。対比するように、7話からは円の芯が描かれていきます。

瑛子は、ごく普通の人です。取るに足らない、その辺にいる普通の人。

それに比べて、世界を飛び回り、柔軟な価値観を持ち、自営業をしている円は、興味深い人物です。私は6話まで「瑛子ではなく円視点で物語を展開させるべきだ」と思っていました。視点人物の選定ミスだよ…と。

しかし、7話から、突如主人公の存在が浮かび上がります。そう、この小説、瑛子が主人公のフリをして、実は円が主人公だったのです。これは騙された。

円は瑛子の軽薄さに付き合ってあげています。そして、円が付き合うから読者も付き合わざるを得ない。

ここで振り返りましょう、この本のタイトルは何でしたっけ?

『ときどき旅に出るカフェ』

タイトル詐欺だと言ってごめんなさい。間違いありません、ときどき旅に出るカフェ店主「円」が主人公の小説です。

6話までが陳腐なのは、意図的なミスリードだと思います。物語のくだらなさで、瑛子という人間のくだらなさ=ごく普通の人ということを表現しているとも言えるでしょう。6話までがくだらないからこそ7話以降がキラリと光ります。そう考えると6話までの必然性が理解できます。

まあたいていの小説は、7合目あたりで急展開するのがセオリーです。どういう方向にどれくらいの角度で展開するかが作家の腕のみせどころ。そういう意味では、この作品は、前半にくだらない話を置いて展開を大きく見せているので、手抜き感は否めません。

癒しや娯楽を求めず文章を消費するのがおすすめ

「ミステリーと呼ぶには、ネタが小さすぎる」「小説と呼ぶには深みや面白さに欠ける」「視点人物の職業が悪手」という3重苦を背負って6話まで進むため、この本をおすすめするのは勇気がいります。ただし、それを凌駕するほど、文章のクオリティが高いです。

瑛子の性格に違和感がない人なら、もしかすると途中までのストーリーも気にならないかもしれません。でも、おそらく、6話までのストーリーに軽薄さを感じる人ほど、7話からの面白さに没入できると思います。

だから、本書を読むなら、きれいな文章を消費しながら最後まで読んでください。6話までに挫折しないで。そして6話までも飛ばさず全部読んでほしい。6話まで首をかしげながらじっくり付き合うことで、読み終えたときに脳汁がドバドバ出ます。

それにしてもこんなにくだらない話をてんこ盛りしておきながら、最後まで読ませてしまう端正な文章は、見事です。6話までで読むのをやめてしまった人からは「駄作」と評されてもおかしくありません。自分の文章の魅力とそれについてくる読者を信じきった、潔い構成に脱帽です。

続編もチェック!

『ときどき旅に出るカフェ』は、続編『それでも旅に出るカフェ』が出ています。私はまだ読んでいませんが、コロナ禍で旅に行けなくなったというリアル設定のようなので、続編も読みたいです。読んだらまた感想を書きます。

それにしても、私は、「家賃が必要ない環境で本物志向のお店をやっている人」の話がとても好きです。

同様の設定で癒しを求めるなら、〉〉『パンとスープとネコ日和』をおすすめします。