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『黒蝶貝のピアス』の感想

タイトルのつけ方や言葉の選び方から、高校生の頃に作っていた同人誌を思い出した。青春の情感が胸に去来する。

インディーズの空気をまといながらも、丁寧に言葉を文章を刻み込んでいく掻きぶりに、一行たりとも読み過ごすことができない。これほどすべての文章に神経を研ぎ澄ました小説があるのかと、嬉しくなった。

一文一文を噛みしめながら読みたい人、読み応えのある文章を探している人におすすめしたい。


著者:砂村かいり

神奈川県在住。

2021年、第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門にて『アパートたまゆら』『炭酸水と犬』が特別賞をダブル受賞。

2021年3月、同2作を単行本としてKADOKAWAより刊行。

ベトナムコーヒーとピスタチオが好き。

あらすじと感想

主人公は女性2人。章のマークデザインに意味があり、貝殻の章は「環」、蝶の章は「菜里子」が視点人物となる。交互に視点人物が入れ替わる構成のため、マークデザインに気付かないと読みにくいかもしれない。この本は、デザインも含めて良作と評したい。

あらすじを簡単にまとめると、女性同士の友情が築き上がるまでを描いた作品。学生の友情ではなく、社会人になってから知り合った女性の友情を描いているところがポイント。仕事を通して信頼関係を構築していく。

社会人になって友だちを作るのは難しいけれど、この2人には、縁がある。高校時代にアイドル活動をしていた菜里子と彼女のステージに憧れた環。大人になって、菜里子が経営する会社に環が入社するところから物語はスタートし、回想をはさみながら、2人が抱えるコンプレックスや家族、恋愛の問題が浮き彫りになっていく。

砂村かいりは、モヤモヤを言語化するのが上手い。たとえば、夢を思い出そうとして思い出せないあの胸にドロリとしたものがつっかえるような感覚。あれが砂村かいりにかかるとこうなる。

つかまえようとした夢のしっぽはするりと逃げて、さっきまで鮮明に残っていた瞼の裏の風景は儚く消えてゆく。不如意感だけが手元に残されていて気持ちが悪い。

「思い出せなくて気分が重い」を表現するのに、↑この文字数。こんな感じで、ひとつひとつの感覚や心情が書き込まれているから、全体の文章量が多い。サクサク読める大衆文芸に慣れきった私のハートにドスンと響いた。繊細な感情を素直に文章化するのは、とても難儀な作業だ。この作品を書き上げるのは、かなりの労力だったのではないだろうか…。

さて、各章のタイトルがカッコイイけど意味が分からなかったので調べながら読んだ。

  • 邂逅(かいこう):出会い・・・小説の中では起承転結の「起」の役割
  • 諦念(ていねん):諦め、悟り・・・小説の中ではプロローグに相当する/回想
  • 屈託:くよくよする、疲れて飽きる・・・小説の中では起承転結の「承」の役割
  • 希求:願い求める・・・プロローグの続き/回想
  • 崩壊:そのまんま・・・小説の中では起承転結の「転結」ここが長い!
  • 伴走:そのまんま・・・エピローグ

こんな感じの構成になっていて、プロローグというか回想が2つに分かれているのが、なにか得体のしれないものがじわじわと迫ってくるようで、全体の湿度感を演出している。「崩壊」の章ではほんとに崩壊するんだけど、ここがとても長い。もう少しコンパクトにできれば、こなれ感が出ると思う。インディーズっぽい魅力には繋がっているけれど。ただし、文章がほんとうにすさまじく丁寧に刻まれているため、冗長さは感じない。むしろ、たくさん読めてお得感を得られる。

この無駄に美しく無駄が多い文章と湿度の高さが特徴。純文学的と言おうか。特に環の菜里子への心の声が湿度と色気を纏っている。いや、はっきりいって、エロい。卑猥なことを言っているのではなく、そのトーンと湿り気が独特だ。百合展開かと思ったけど、最後まで友情物だった。

気になったのは、菜里子が年齢の割に子どもっぽいところ。男性慣れしていないキャラクターなので、あえて子どもっぽく描いているのだろうとは思うけれど、社会的に自立して会社を経営している女性が、いつまでも親に恨みを持つものだろうか? 菜里子の親は、だらしないけれどすごく悪質なわけでもなく、「まあだいたい親って子どもを支配したがるよね…」というくらいの親なんだけど、ずっとわだかまりを抱えている。この親子関係の部分をもう少しコンパクトにすれば、より洗練されると思った。とはいえ、全体として、読み応えのある良作だと思う。読後の満足感が高かった。

本作は、友情を描いているので湿度は高くても胸やけするような粘り気はない。ただ、一歩間違うと、かなり胸やけを起こしそうな文体ではある。砂村かいりの他の作品は恋愛がメインのようなので、ちょっと怖くて手が出せない。これは私の好みの問題である。恋愛ものではない小説を待ちたい。