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『クスノキの番人』の感想

大人気作家 東野圭吾の人が死なない小説『クスノキの番人』。私は、ミステリー・サスペンスのジャンルが好きではないのに東野圭吾の文体が好きという不幸を背負っている読者である。拝啓 東野圭吾様、もっとこのテイストの本をください。

著者:東野圭吾

この作者の紹介、いる? いらないと思うけど一応、1958年大阪生まれだそうです。ミステリージャンルではない感動エンターテイメント小説としては、『秘密』『時生』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』があるそうです。『秘密』『時生』は読んだことないので今度読んでみたいです。ミステリージャンルでは、『容疑者Xの献身』などのガリレオシリーズとか、『ラプラスの魔女』とか、色々。『ラプラスの魔女』を読みましたが、やはり文体は洗練されていて非常に好みなものの、犯罪ものは好みではなく、とてもとても残念であります。ただ、このクールな文体は中毒性があり、しばらく読んでないと「東野圭吾の文章くれー」と夜中に目が覚める中毒症状を起こしてしまうようになりました。

あらすじ・感想

クスノキでつながるいくつかの家族の物語

家族の物語が主軸だ。特に、佐治家の物語がメインで描かれている。この物語は感動的。これだけにすれば良かったのに…。というのも、クスノキは血の繋がりが重要で、じゃあ血のつながりがない家族が浮かばれないじゃん! と思ってしまう。そんな読者を慮って養子関係の親子の話も入ってくるのだけど、なんかきれいにまとめてるけど微妙だ。血の繋がりが関係なくなってしまうと、主人公である玲斗の登場する余地がなくなってしまうから、血の繋がりが設定に含まれたのだろう。まあ、ファンタジーなので、細かいことは気にするな。

そう、この小説は、ファンタジー小説の一種である。

玲斗が運よく報われる物語

視点人物は、玲斗。ちょっとばかり恵まれない境遇で、荒れた生活がみについてしまっている。報復で会社に盗みに入って捕まっちゃうような人物。まあ、盗みは成功していないし、根っからの悪人でないことは、すぐに分かる。そして、少しずつ、「なんだコイツ、いいヤツじゃん!」と思うようになる。そう、玲斗はなにげに性格が良い。少々アホだけど、卑屈にもなっておらず、他人に壁もない。だからタナボタのような幸運が舞い込んできた後、きちんとその優しさで周囲の信頼を得て、叔母である千舟との関係も構築していく。特別努力をしたわけでもないのだけど、運よく報われた話。でも、環境が人のあり様を左右するよね、という説得力がある。「クスノキの番人」という風変わりな役目を与えられただけで、こんなにも「ちゃんとした」人になれるんだから。まあ、持つべきものは金持ちの親戚…と思ってしまうけれど、そういう意地悪な読み方をしてはいけない。

金持ちの叔母 千舟との関わりで、ひとかわむけ洗練されていく様子は気分が良い。

千舟の終活の物語

この話の3つめの軸に、千舟の終活がある。千舟は、玲斗の叔母。しかし、ずっと交流がなかった。玲斗の母親に何も手助けしなかったことを悔いている。そこで、警察に捕まった玲斗に助け舟を出すところからこの物語はスタートしている。玲斗への助け舟は、懺悔と同時に自身の終活の意味も込められていた。千舟は大企業の顧問をしていた。社会的地位のある人物である。これまでの仕事や背負っているもの、後悔などを整理していくストーリー。毅然とした千舟の姿は、こんな風に年を重ねたいと憧れる。しかし、その凛とした態度の裏には、不安や悲しみを抱えているのだ。玲斗の優しい言葉は、千舟に共感しながら読み進めていた私の心をも、優しくほぐしてくれた。

心の癒しの物語でもある。

クスノキの正体を推理する物語ではない

とにかく文章が明快で読みやすい。読書が苦手な人でも読めるだろう。情景や人物デザインが生き生きと脳裏にイメージできる。このテーマは学校の読書感想文も書きやすいと思う。

私は、小説にありがちな7合目あたりでの急展開が苦手なのだけど、そんな急展開もなく、安心して読める。

100ページくらいで、クスノキの正体には気づく。全体のページ数は480ページほど。そして、272ページであっさりと確定する。半分を残してクスノキとは何かが明言されるということは、つまり、クスノキの秘密を暴くことがこの小説の読みどころではないということだ。とはいえ、読みながら徐々に判明していく過程も楽しみのひとつではあるので、ネタバレは避けておきたい。

あのね、とにかく、文章がいいのよ。多少の粗はあると思うけど、そんなのが気にならないほど、文章が好きなのよ。

文庫本で読んだのだけれど、とても好みだったから、単行本も買った。何度も読みたい本は、単行本がいい。